心がざわつく50代に贈る、「整える力」という処方箋

週4回の早朝参拝から学んだこと

 

 

午前5時半、まだ街は眠っている

目覚まし時計が鳴る前に、自然と目が覚める。

カーテンを開けると、外はまだ群青色をしている。



靴紐を結び、玄関のドアを開けると、

暑くなってきたとはいえ、

ひんやりとした空気が頬に触れる。

 

 

住宅街は静まり返り、聞こえるのは自分の足音と、

時折どこかで鳴く鳥の声だけ。

 

 

これは、私が週に4回、川越市内の12社の神社を歩いてめぐるときの、

いつもの光景です。

特別なことは何も起きません。

 

 

ただ歩き、鳥居の前で立ち止まり、

参拝し、また歩く。それだけです。

 

 

けれどこの何でもない時間が、

私にとっては一日の中で最も大切な時間

になっています。

 

 

何かが、ずれている

50代になると、こんな感覚に覚えがある方は

多いのではないでしょうか。

 

 

特別な悩みがあるわけではない。

仕事もそれなりに回っている。

家族も健康だ。それなのに、

夜になるとなぜか落ち着かない。

 

 

朝起きても、どこか体が重い。

誰かに何かを言われたわけでもないのに、

ふとした瞬間にイライラする。

 

 

電車の中で、ふと「自分は何のために

毎日こんなに急いでいるのだろう」

と虚しくなる瞬間がある。

 

 

これは「悩み」というより、

もっと輪郭のはっきりしない、

「何かがずれている」という感覚です。

 

 

私はこれを、心の置き場所が

少しずつズレていくサインだと捉えています。

 

 

50代は、若い頃のように体力や勢いで

押し切れなくなる一方で、

責任や役割はむしろ増えていく時期です。

 

 

会社では中間管理職としての板挟み、

家庭では親の介護と子供の自立が同時に押し寄せ、

自分自身の体の変化にも向き合わなければならない。

 

 

外からの圧力は増える一方なのに、

それを受け止める内側の器が整っていない。

これが、あの「ずれ」の正体だと私は考えています。

 

 

そして多くの方が、このズレを「頑張ること」

で解決しようとします。

 

 

もっと勉強しよう、もっと効率よく動こう、

もっと人に好かれるようにしよう。

 

 

しかし、器そのものが整っていない状態

でいくら中身を詰め込んでも、

こぼれ落ちるだけです。

 

 

必要なのは、頑張ることではなく、

整えることです。

 

 

私自身、62歳で40年間続けた編集の仕事を退いたとき、

まさにこの「ずれ」を強烈に味わいました。

 

 

肩書きがなくなった自分が、

急に頼りなく感じられたのです。

 

 

そんなとき、なんとなく始めた朝の散歩が、

やがて12社の神社をめぐる習慣になり、

ある朝、決定的な気づきを私にもたらしてくれました。

 

 

それが今日、皆さんにお伝えしたい

「整える力」の核心です。

 

 

ここから先で、その気づきの中身と、

誰でも今日から始められる具体的な方法

についてお話しします。