「59歳で会社から『嘱託で』と言われた僕が、50代のあなたに伝えたいこと」
50代で家庭を後回しにした僕から、今のあなたへ。
正直に言います。
僕は、50代の10年間を
かなり仕事に使いました。
会社のために。
業界のために。
そして、「家族のため」だと思って。
休日も仕事をした。
出張も多かった。
締め切りがあれば、家族との予定を後回しにした。
妻の誕生日を、出張で飛ばしたこともあります。
子どもの学校行事を、
「仕事があるから」
と断ったことも、一度や二度ではありません。
そのときの僕は、
「今は仕方がない」
と思っていました。
仕事が落ち着いたら、家族との時間を増やせばいい。
もう少し会社で頑張ったら、自分の時間を持てばいい。
定年になったら、やりたいことをやればいい。
そう思っていました。
でも。
「あとで」は、来ませんでした。
僕がそれに気づいたのは、59歳のときでした。
59歳の忘年会で、人生が止まった
その年の暮れ。
会社の忘年会がありました。
お酒が入り、会場は賑やかでした。
そんな中、上司が僕の隣に来ました。
いつもと少し違う表情でした。
そして、
「片野さん、来年からのことなんですが……」
そう切り出しました。
僕は直感しました。
「ああ……その話か」
そして言われたのが、
「来年から、嘱託という形でお願いできますか」
という言葉でした。
頭の中が、一瞬だけ、真っ白になりました。
怒りではありませんでした。
悲しみでもありませんでした。
ただ、
「ああ、そうか」
という感覚でした。
42年間、会社と業界のために働いてきた。
25年間、編集長として誌面を作り続けてきた。
締め切りを守るために、体がきつくても仕事を続けた。
会議や取材のために、家族との時間を何度も犠牲にした。
心のどこかでは、
「これだけやってきたのだから、もっと評価されるだろう」
と思っていたのかもしれません。
正直に言えば、
「取締役になれるのではないか」
そんな期待もありました。
でも、会社から返ってきた答えは、
「来年から嘱託で」
でした。
その瞬間、気づきました。
会社が悪いわけではありません。
上司が悪いわけでもありません。
会社は会社の論理で動く。
組織は組織の都合で判断する。
当たり前のことです。
問題は、
僕が、会社の論理を自分の人生の軸にしてしまったことでした。
僕は「会社の評価=自分の価値」だと思っていた
50代の僕には、ある思い込みがありました。
「結果を出し続ければ、会社は評価してくれる」
「業界に貢献すれば、自分の居場所は守られる」
「家族のことは、あとでゆっくり向き合えばいい」
本気で、そう思っていました。
だから働きました。
頑張りました。
もっと結果を出そうとしました。
でも、人生には一つ、大きな落とし穴があります。
仕事で成功することと、人生が豊かになることは、同じではない。
僕は、それを59歳になるまで理解していませんでした。
家に帰って、もっと大きなことに気づいた
忘年会から帰宅しました。
家の中は静かでした。
子どもたちは、もう大学を卒業して独立していました。
妻はリビングでテレビを見ていました。
「おかえり」
そう言われました。
でも、なぜかその言葉が遠く感じました。
そこに気づいてしまったんです。
僕は50代の10年間、
家に帰っていても、心は会社にあった。
体は家にいる。
でも頭の中は仕事。
取材。
締め切り。
会議。
次の企画。
次の仕事。
「家族のために頑張っている」
と思っていた僕は、
いつの間にか、
家族との時間そのものを犠牲にしていた。
その時間は、もう戻ってきません。
「あとで」は、来ない。
これが、今の僕が50代のあなたに一番伝えたいことです。
もし今、
「仕事が落ち着いたら」
と思っているなら。
少しだけ立ち止まってほしい。
「定年したら」
と思っているなら。
一度、自分に問いかけてほしい。
「本当に、そのときまで待って大丈夫なのか?」
僕は、
「あとで取り返せばいい」
と思っていました。
でも、
時間は取り返せません。
子どもには、小さいときにしかできないことがある。
夫婦だからこそ話せることがある。
50代だからこそ始められることがある。
そして、自分の人生を考え直すのにも、体力と気力が必要です。
だから僕は、
今の50代の人に伝えたい。
「あとで」は、思っているほど来ません。
ここから先は、僕が59歳の経験から本当に伝えたい、
「50代で人生の軸を取り戻すために、何をすればいいのか」
について書きます。
僕自身が実践し、62歳から本格的に学んできたことです。
ここから先は有料です